立夏1 2社目の就職面接3

アドバイスに耳を傾ける 新米社会人

他人のアドバイスに聞く耳を持たない突貫小僧

親切な人事担当者の説得を無にする

たった2社だけの入社面接で、しかも就活期間がたったの2週間で終わらせることが、世間一般からすると、非常識な行為であることは、当時の自分には思い至ることができなかった。

面接予定日を翌々日に控えた二部上場メーカーの人事部に携帯で連絡し、面接辞退を伝えた。

携帯の向こうの女性受付の声が引きつっていたことは、今でも鮮明に記憶している。

「大変申し訳ありません。今日、面接をしてきた企業から内定をもらったもので。その企業がすぐに返事をしないと内定を取り消されてしまうもので。」

今の私でも、面接予定者からこういう電話を受けたとしたら、間違いなく、その決断を待つように説得、ないしは、アドバイスをしただろう。

この女性も誠意ある態度で、私の早計ぶりを翻意するよう、いや、本当に心の底から大丈夫ですか? と心配してくれての会話だったのだろう。

残念ながら、その常識はずれな行動の奇怪さは、当時の自分自身に、気が付く機会が、とうとう最後まで訪れることはなかった。

父親に入社内定を報告

これまで、心配をかけ、金銭的な支援も受けてきた両親に一刻も早く報告すべきと思い込み、取り急ぎ、父親の携帯まで電話をかけて、一連の入社内定を伝えた。

父親の反応は期待するものとは正反対のものだった。

「そんなに慌てて決めて大丈夫か?どんな会社がきちんと調べたのか?」

息子が、大学卒業後、定職にも就かず、プータローをしていたのだから、正社員として就職するといえば、九州にいる両親はきっと歓迎してくれるはず。

そう思い込んでいたのは、まさに、独り相撲と言わずしてなんというべきか。

父親がいうには、せっかく覚悟して、大学卒業後、新卒で就職せずに、士業を目指したのだから、なぜ初志貫徹しないのか? 

自分(父親)が経済的支援をした甲斐もなくなってしまうではないか。

もっともな意見である。

しかし、当時の私は、あまりに精神年齢が幼稚すぎた。基本のところは現在でも変わらないと思う。

かえって、私の就職という決断に賛意を示さない父親に反抗心を持った。我ながら情けない限りである。

親友に入社内定を報告

父親とはぎくしゃくした会話だけが残り、釈然としないまま、次に、大学の公法ゼミの同期の親友(と私は信じている)に、事の仔細を報告した。

当然のことながら、彼も私の選択に絶句した。

彼が言うには、私たちは、いわゆる関西の有名私大というところの出身である。学部長はあえて、学生にチャレンジさせるために、中小企業への就職を勧めてはいた。

しかし、普通は、新卒でいわゆる一部上場などの大企業に就職するのが一般的だ。

大学卒業からいくら2年経っているとはいえ、特別な理由もなく、そうした規模も小さい、正体の知れぬベンチャー企業に、これからの社会人人生をカンタンに預けてよいものだろうか?

キャリアは一度傷つくと、取り返しのつかない恐れがある。この親友の助言も私の心に届くことはなかった。

この親友にせよ、父親にせよ、当時の私を大切に思ってくれていた存在である。その彼らが異口同音に、この内定は見直した方がいいというのである。

それでも、翻意しない私の頑固さはもはや病的であるといわざるを得ない。

親友との買い物

親友は、翻意しない私の説得を諦めた。代わりに、就職するのだから、小物を買いそろえる必要があるだろう、とアドバイスしてくれた。

余程、私のことを心配してくれたのだろう。小物を買うために、私が住んでいるアパートの近くにあるターミナル駅の駅ビルで、小物の買い物に付き合ってくれる約束をしてくれた。

カバンと名刺入れの購入に付き合ってくれた。彼が勧めてくれたのは、セルッティのカードケースだった。当時の私は、そのブランド名を失礼ながら存じ上げることもなく、彼に勧められるがままそれを購入した。

その後、そのカードケースは常に私と共にあり、いまや数少ない貴重な戦友のひとりとなっている。

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