内部監査
感じる後ろめたさ
内勤(オフィス内での仕事)にようやく慣れ始めた頃、今度は現場周りを命じられた。営業でもないのにと思いつつ、業務内容の説明を受けた。
それは、経理部員が各店舗を回り、「内部監査」という名目で、各店舗での現金管理、資材管理、設備管理などを滞りなく実施しているかをチェックしに行くというものだった。
政治の世界では、三権分立、会社法の世界でも監査役・監査委員会による監査制度、世の中のチェック・アンド・バランスという仕組み自体は、資格勉強中の本の中に文字として存在していることは認知していた。
それと、現実世界で、それを実践する立場に実際になってみるのとは大きな違いだ。
自分たちの仲間である各店舗で働いている人たちが、悪さをしていないか確認に行くことに、心理的抵抗が強いものがあった。
最初から同僚を性悪説で見るという態度・行動を、業務命令とはいえ、採らなければならないことに義憤を感じた。
今から思えば、的外れでなんとセンチメンタルな感傷か。

内部監査の目的
内部監査は、同僚の悪事を暴き出すことが目的ではなかった。
私の後年の勉強の中では、内部監査・内部統制は以下の3つの目的を持っていると理解している。
- 業務目的:効果的かつ効率的な業務運営がなされているかを確認
- 報告目的:業務報告や財務報告が信頼性を有しているかを確認
- コンプライアンス目的:業務や報告が規制・法令を遵守しているかを確認
当時は、上記「コンプライアンス目的」に関連する、従業員の不正・重大な過誤を発見するだけが目的なのだと矮小に捉えていた。
報告内容(とそれの基礎となる業務内容も報告に内在する形で含まれるけれど)に対する不正や過誤の発見と是正は、外部監査人のミッションでもある。
むしろ、内部監査人の業務の大切なポイントは、経営目的に沿って、業務が効率的かつ効果的に運営されているところを確認し、改善策を見出すところにあった。
でないと、わざわざ、同じ組織内に(内部)監査を担当する部署ないし担当者が存在する必要がないのである。
残念ながら、社会人1年目の私には、そういう、リスクマネジメント体制の確立、内部牽制システムの有効性の確認など、経営に資する内部統制システムの有機的な運用の重大性に対する認識が欠けていた。
実際の内部監査の内容
ともあれ、私が経験した内部監査手続きは、その会社のほんの一部に過ぎなかったのだろうが、次のような手順だった。
必ず、竹田さんや横井さんと一緒に二人で、運営していたホテルや飲食店を抜き打ちで、管理人や店長宛に訪れた。
後日、先輩から聞かされたのだが、薄々、本社経理部から内部監査でレジをチェックしに来るタイミングというのは、長年の経験というか、阿吽の呼吸で大体察しがついていたのだそうだ。
私たちは、二人一組になって、現金実査を行った。
当時の私には、内部監査=現金実査 だった。当時は、ホテルも飲食店も過半以上が現金売上だったから、現金の有高チェックは、店舗運営の中でもひときわ大切なものだった。
それぞれの、POSレジのデータやレシートの金額、券売機の中にたまっているコイン、レジの中にある現金、それぞれの責任者が任されている銀行口座の入出金の日付と金額。
支払と対を為すもののひとつが、在庫だ。ホテルも飲食店も、実に多くの品数の在庫がある。販売用だったり、消耗品だったり、品目も多岐にわたった。
ノートや付箋に至るまで、過剰に在庫がストックされていないか、台帳に記録されている通りの数がきちんとしまわれているか、1点1点確認した。
そのホテルや店舗にまつわるすべての現金の流れを追っていった。
細かいことを疎かにしない
私には驚きだった。どの現場でも、内部監査によって、不正や誤謬がほぼ発見されることはなかったからだ。
経理実務に不慣れな私は置いておくとして、二人の先輩の目をもってしても、現金の出入に関して大きな祖語が見つかったことはなかった。
今から思えば、厳重なお金の管理がその会社のレーゾンデートルだったのだろう。徹底して、レアリスト、徹底して管理第一主義。
ここでも、私は中途半端は仕事しかできなかった。何度、ホテル事業担当の横井さんの説明を受けても、POSレジの記録と、レジ内の現金を合わせる作業に苦戦した。
何度も、横井さんの手ほどきを受けたが、とうとう最後まで、自信をもってレジ内の記録照合の仕事を覚えきったと言い切れない自分がそこにいた。
ある時は、適当に「合いました」と報告し、ある時は、「すみません、ここが分からないんですが」と、横井さんか、ホテルの管理人に頼り切った。
内部監査の対象となるホテルの管理人に現金実査の方法を尋ねるなんて、今では考えられない過ちを犯した。普通はあってはならないことだ。
優しい人たち
内部監査に赴いたのは、私と竹田さんか横井さんの二人一組。いずれも、20代の若者だ。
ホテルの管理人はどこも大抵は、50代(と当時は思った)の女性であり、飲食店の店長は30代、40代の働き盛りの人が多かった。
そのいずれの方たちも、本社から内部監査でやってきました、といって、突然ホテルや店舗の関係者入り口に表れても、邪険にすることなく、丁寧に対応してくれた。
実に、腰の低い人たちばかりだった。
いずれの人たちも、客商売をしているので、物腰が柔らかく、ホスピタリティ溢れる対応は自然に身についていることは間違いない事実だ。
と同時に、本社経理部から、内部監査にのこのこやってきた、若者を邪険にあしらっていいことはひとつもないことをちゃんと理解している頭のいい人たちでもあったのだ。
しかし、例外な人というのはどこにでもいるものだ。たった一人、繁盛しているカラオケレストランの店長だけは、私たちが所要で電話を掛けた際、
「いつもお世話になっております。」と切り出すと、決まって、
「いつもお世話しています。」という口上から、会話を始めるのだ。
これには閉口したものだが、それ以外は、とても親切でよくしてくれる店長だった。
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