立夏1 OJT1

ビール 新米社会人

マニュアルや新人研修はなかった

竹田先輩のOJT

仕事は、竹田先輩が実践しながら、つきっきりで教えてくれた。いわゆるOJT(On the job training)というやつだ。

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OJTは、実践的でかつ通常業務の一環として行われるものだから、もしミスをして顧客や業者に迷惑をかけてしまっては企業の命取りになりかねない。

そういう意味では、私が入社した会社が、私みたいな職務経験皆無の人材を採用すること自体、それまでなかったことだった。

今から思えば、その点においては、そういうリスクを冒してまで私を採用してくれたことに感謝するしかない。

人材不足だったから、私みたいな中途半端な人材でも喉から手が出るほど欲しかったのだろう。当然、新人研修をやってもらうほどの余裕はなかった。

この会社での就業体験の結末は、後できちんと記述する予定だが、この時点では、本当に感謝以外の何物でもなかった。

竹田先輩は、OJTの一環として、営業マンの交通費精算の現金出納にまつわる業務を教わった。

  • 小口現金の管理(収入と支払)
  • 従業員経費立替伝票(経費精算伝票)の管理
  • 銀行の払出伝票の作成
  • 経費支払伝票(仕訳伝票)の作成

数字はうそをつかない

竹田先輩に、最初に念を押された注意事項がある。それは、うそをつかないこと。現金出納をしていると、実査と記録に齟齬が発生する可能性がある。もし、差異を発見したら、きちんと報告することだ。

こう書くと、なにか物々しい感じがするが、実際はこうだ。

「現金出納をしていると、実際の現金と計算が合わないことがあるかもしれない。10円とか100円とか、コインの方が足りないと思ったとき、絶対に自分の財布から出して帳尻を合わせたらいけないよ。」

私は、そんな子供みたいなことをするはずがないと自分を過信し、

「絶対そんなことはしません。分からなくなったら、先輩にきちんと確認してもらいます。」

と返した。

その宣言は、ものの見事に翌々週には破られることになる。

つまらないプライド

入社してから2週間程、無事に毎日の支払伝票を提出し続けることができた。異変が起きたのは、そろそろ業務に慣れてきた頃。気が緩んだすぐのことだった。

何回検算をしても、50円、コインが足りないのだ。山崎さんの、「困るのよねー。」という声が頭をよぎる。額から、変な汗が滲み出してきた。

私は、左腕に巻いていた、腕時計を見ながら、焦っていた。もう締め切りの時間が近づいている。

とうとう、私は、高いプライドを守るために、禁忌を犯した。そう、自分の財布から50円玉を足したのだ。

自分の財布からお金を足したのだから、横領にはならない。そんな悪いことをしたわけではない、と自分に言い聞かせつつ。

竹田先輩は、毎日、私の計算結果を検算して、承認印を押してくれていた。当然、彼が現金の実査もやる。案の定、50円玉が1枚余分なことが分かった。

「もしかして、50円、自分の財布から出して足しましたか?」

私は、とっさにうそをついた。

「いいえ、覚えがありません。」

竹田先輩は、それ以上、私を問い詰めることはせずに、

「分かりました。このコインは、私の財布の中で預かっておくことにします。」

性根が腐っていた

私は、本心では、年下の、しかも4大卒でないこの先輩を見下していた。この先輩から仕事をできるだけ吸収し、いつか追い越してやる、という勝手な競争心を抱きつつ、毎日、この先輩の指導を受けていた。

本当に腐ってやがる。

私は、私自身の心根が腐り果てていることに気づいた。

経理事務の経験・スキルだけではなく、性格や心構えまで、完敗だった。いや、そもそも、こういうところで勝負しようということが間違っていて、「完敗」という単語で、内心、自分の感想をもつ所からイケていないのだが。

その日は、自分が無性に情けなくて仕方がなかった。そのまま帰宅する気にもなれず、一人で居酒屋にいって、あまり好きでもないビールをあおった。

自宅についてから、しこたまトイレで吐いた。

お酒で辛いことを忘れることもできないのだと、このとき悟った。

本当に悔い改め、明日から誠実に仕事をやろう。そう決意して、その晩は寝床に入った。

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