業績改善プログラム始動
ポンコツ経理マン誕生
入社1か月もすれば、いかに私がポンコツだったか、誰の目にも明らかだった。
特段物覚えが悪いわけではなかった。ただ仕事の要領が悪く、とても、一を聞いて十を知る、そういう聡明さを示せる状態から一番遠いところにいた。
先輩たちが、1教えると、教えたことは何とか次はできるようになる。しかし、それは1のままだった。2を教えないと、次に待ち受ける2をこなせるようにはならなかったのだ。
自分の不器用さ加減が尋常でないことは、周囲の自分を見る目でよく実感することができた。冷たい視線という言葉以外にそれを表す言葉は今でも思いつかない。
いかに自分が相手の感情を想像できない性質を持っているとしても、あの目が意味するところを理解できないほど、知性がないわけではなかった。
緊急事態に陥った。
元木経理部長から呼び出しを受けた。私は、恐る恐る、経理部長の席まで赴いた。
「これから、私が直接指導するから。」
ポンコツ経理マンの改善計画
私は、経理部長からかけられた言葉の意味を完全に見失っていた。
今では、これは、外資系企業によくある「業績改善計画(PIP: Performance Improvement Program)」だと理解できている。
入社1か月目にして、PIP対象者になってしまった。今なら事の重大さは十分に理解することができる。
しかし、当時は経理部長自らの指導を仰ぐことになるのは、ちょっと面倒くさいなあ、と失礼極まる印象を持ったのは事実だ。
今から思い起こすと、その時点はまだ試用期間中だったわけだから、私をすぐに解雇することもできたはずなのだ。経理部長はそうせずに、私を再教育することで、何とか一人前の経理マンに仕立てようと買って出てくれたわけなのだ。
経理部長が示してくれた業績改善計画は次の通りだった。
- そろばん
- 日商簿記3級取得(企業会計原則の暗記含む)
- 経済統計の記録と分析結果の報告
そろばんの練習
私は計算が大の苦手だった。だから、法学部に進学したのだ。実のところ、二桁の足し算を暗算ではできない位なのだ。
そんな風では、とても経費精算の仕訳など、計算間違いもせずに切れるわけがなかった。間違いだらけの支払伝票になるはずだ。
忙しい業務の傍ら、定時終了後、経理部長と二人で決まってオフィスに残った。
1から100まで順に足していくと、最後は5050になる。その単純な足し算を、5050で御名算・御明算(ごめいさん)となるまで、ただひたすら繰り返した。
経理部長は、何度も間違って、5050にならない私のそろばんをただ見守ってくれた。隣から、「そこ違うだろ」と何回かは我慢しきれず口を挟まれたが、注意をされたからといって、急にそろばんが上達するわけでもない。
結論からいうと、そろばんは全くものにならなかった。経理部長も最後にはさじを投げた。
だが、この特訓は私の脳には効果てきめんだった。そろばんで計算脳を刺激しただけで、二桁の足し算を暗算でかろうじてできるようになったのだ。
もちろん、経理実務は、たった二桁の足し算を暗算でできるようになったからといって、かんたんに歯が立つものではないことは常識だ。
だけど、この訓練のおかげで、私はあれほどこじらせていた数字アレルギーが見る見る間に改善していくことが実感できるようになっていた。
電卓や表計算ソフトを使ってだけれど、何とか数字の集計などの経理実務における数字ハンドリングの所作が身につくようになった。
今の自分があるのも、この時の経理部長による そろばん 特訓のおかげだといっても過言ではなかった。

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