とりあえず形から入る
入社面接に相応しい服装から入る
それまで、スーツを着たことがないわけではない。
大学在籍中にバイトをしており、そこでは、客の手前、社会人然として振舞う必要があった。
両親に買ってもらったグレーのスーツ。大学の入学式用のやつだ。たった一着では着回しができない、ということで、あと2着買うことにした。
いっぱしに、シングルとか、ダブルとかこだわって、いろいろなタイプを買った。
しかし、今から思えば、目に鮮やかな赤茶色にスーツなぞ、普通の社会人は着るのだろうか?
当時の私は、痛い色のスーツでも、着ているだけで、何か大人に成長した気がしていた。
そうだ! 正社員の面接に着るスーツを新調しよう。そして、当時住んでいたアパートの近くのスーパーマーケットに行き、紳士服売り場に向かった。
当時の私は、いつも食料品を買うスーパーマーケットの2階で衣料販売をしていることを知っていた。
得意満面の笑みで、売り場にいる女性の販売員にこう言った。
「すみません。入社面接用のスーツを探しているのですが。」
中途採用面接に相応しいスーツとは?
当時は、紳士服専門店や百貨店で、スーツを作るほうが一般的である常識も知らなかった。いや、何をもって一般的かと問うても仕方あるまい。
人それぞれの考え方だから。私は、ただ、スーツ売り場をそこしか知らなかったにすぎないのだ。
女性の店員さんも、ちょっと見た目が変わっているけれど、お客様には違いないから、それ相応の対応をしてくれた。
でも、多分、店員さんの許容範囲を超えたお願いをしたのだろう、ということは、今の自分なら理解することができる。
「すみません。私は、大学を卒業した後、ブランクがあります。ですので、社会人経験がないのですが、中途採用での入社面接をしたいと考えています。大変お手数なのですが、そうした中途採用に相応しいスーツを選んでもらえないでしょうか?」
ちょっと困った顔をした店員さん。年の頃は40代半ばといった感じ。世間知らずの自分に、驚きはしたものの、しっかりと接客をしてくれた。
2、3言のやり取りで、2着のスーツとそれに合うワイシャツとネクタイをコーディネートしてもらった。
詰めの甘さは今に始まったことではない
詰めが甘いとは本当にこのことだ。スーツとそれに合うワイシャツとネクタイ。そこまでは気が回った。
しかし、靴は合成皮革のつま先が傷で痛んでいるもの。カバンは学生時代に使用していた、これも合成皮革のノーブランドのアタッシュケースのままだ。
こだわるところが、常識から遠いところにある。
今でも、常識が身に着いてはいないけれど、当時は、常識を知らないどころではない、自分が世の中の基準だと思い込んでいた。
本当に無知とは恐ろしいものだ。
私は、今まで、仕事を最後まで完全にやりきったことはない。そういう中途半端で投げ出すことを平気でしてきた。その片鱗がこのスーツ選びにも表れている。
詰めが甘く、徹底してやるべきことを卒なくやることができない。形にばかりこだわり、本質的なことを追究できていないのだ。
服装にこだわるなら、靴やカバンにまで気を配るべきだった。
ニートの自分に生活費として、大切な貯えから仕送りしてくれていた両親には、本当、申し訳ないお金の使い方だった。
そして何度でもいう。本質的なことに目を配らずに、形式に囚われ、やるにしても詰めが甘い。
こうした私の本質が、今から思えば、この就職活動にはすでに表れていたのだ。
コメント