職場の先輩
横井さん
横井さんは、高卒で入った食品関係の会社を2年ほどで退社後、この会社に転職してきた。食品関係の会社の経理経験から、この会社の飲食関係の事業経理を是非にということで入社したそうだ。
入社後、しばらしくして聞いたのだが、最近お見合いをしたそうだ。その後、寿退社をすることになる。私が入社時点では、結婚しても子供ができるまでは仕事は続けたい、とは言っていた。
その時は、どうして、皆がすぐに会社を辞めたり、転職するのか理解に苦しむことになった。あれほど、大変な思いをして入社した会社をそんなにすぐに辞めることが本当にできるのか、自分には到底理解できなかった。
この先輩からは、よく言葉遣いを注意された。敬語とか挨拶というわけではなく、会社の事業や商品に関する固有名詞を絶対間違えるな、ということだった。
今から思えば、会社員として当たり前の心構えなのだが、当時の私には、その重要性まで頭が回らなかった。
自分が本当にいいと思う商材ならば、世間の皆様に、熱意をもってお勧めできるはず。社員一丸となって自社商品に強い思い入れを持ち、創意工夫と共に、その商品の業績向上を目指す。
営利企業として当たり前の行動原則だ。その当たり前の行動原則を本当の意味で底辺で支えるのは、自社商品知識であり、自社商品の名前を覚えるというのは、その最初の大切な一歩なのである。


山崎さん
山崎さんは、隣の隣の果物が美味しい県から新幹線通勤をしているそうだ。だから、基本的に残業はやらないことになっている。
この会社は、月次決算をとてもきめ細かくやっており、年次決算での特別な処理は、本当に数えるくらいしかない。ほとんどを月次決算でカバーしている。
決算期だけ繁忙であるという、経理部特有の季節労働者のような働き方から一線を画して、山崎さんは、ギャーギャー、お小言を喚き散らしながらも、しっかりと月次決算だけはきちんと締めていた。
そして、彼女の偉いところは、もしくはこの会社のいい点で見習うべきであろう特徴として、月次決算の基礎となる日次決算も厳格に実施していることだった。
彼女が、その日一日の仕訳と銀行残高の全てをチェックする。そして、貸借バランスが合わないときは当たり前で、その原因をすべて洗い出す。
貸借が合わないところから、誰の起票担当だった仕訳が投入されていないことを、推理小説宜しく、必ず犯人を突き止めるのだ。
これだけだったら、その辺にいるハイミス(これは、竹田さんがそう呼んでいたから。もう死語で現代の若者はきっと知らないに違いない。侮蔑的な意味もあるから使わない方がいい)の経理のお姉さんと同じ力量だろう。
そういえば、竹田さんは、「お局様」とも呼んでいたっけ。
経理処理とは、日々の小さな積み重ね
特記すべき山崎さんの凄さは、日別にどんな仕訳が入っているべきか、完璧に頭の中に入っていることだ。
毎日の仕訳の結果の合計金額の推移が絶対額としてすっかり頭に入っているのだ。
(この辺は、最近のAIを使った経理アプリケーションには、既に実装済みの機能なのだが、当時の彼女の記憶力には脱帽せざるを得ない)
例えば、業者への支払は、20日締めと月末時締めだった。銀行の窓口が閉まる15:00近くになっても、買掛金の支払伝票の提出に手間取っていると、
「ちょっとー、まだ支払の仕訳がはいっていなんだけどー。銀行の窓口しまってしまうんだけどー。困るのよねー。」
不動産物件の家賃の入金伝票の作成に手間取っていると、
「ちょっとー、今日は〇〇の家賃の入金がある日じゃなかったかしら。困るのよねー。」
彼女の「困るのよねー。」の相手は、大抵、自分だった。
人付き合いは苦手だし、コツコツ勤勉に仕事をする性格でもない。
しかし、自分には到底理解できない感情というものを有する人間ではなく、客観的な数字に向き合う仕事なら、自分にもできそうな気がしてきたのも事実だった。
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